一般人の備忘録

思い付くままに何かしら述べています。

男にとっての「女性」―『危険な情事』を観て―

※ネタバレ注意

 

Ⅰ はじめに

 元来、女性は男性に比べ社会的地位は低いとされてきた。映画等からもそれが読み取れ、女性はしばしば「見られる」対象とされてきた。しかし今回事例として取り上げる『危険な情事』では、そういった男性優位な力関係は見られない。女性が持つ魅力と、それが脅威となった時の恐ろしさを如実に表している映画であると言えよう。この映画を、作中に登場する主要となる二人の女性の対比と、アレックスがギャラガー家にもたらした影響という二つの観点から、この映画を論じていく。

 

Ⅱ アレックスとべス

 この映画の主要な登場人物は、ダン、べス、アレックス、そしてエレンの4人が挙げられるだろう。ダンはべスと婚姻関係にあり、エレンはその娘である。ある日、ダンは、パーティで知り合ったアレックスと一夜の衝動で不倫関係に陥ることになる。その結果、ダンが送っていた平和な日々が崩れ去ることになる―というのが映画の概要である。

 この映画では、ダンを主軸に二人の、全く異なる女性が描かれる。べスはダンの妻であり、長きにわたり愛し合う存在。対して、アレックスは、一夜の衝動で関係をもった、いわば、その場限りの女性である。この映画では、この二人の女性が対比的に描かれる。

 まずは、名前である。アレックスという名前は男でも女でも考えられる、androgynous nameだ。男女両用な彼女の名は、物語中の彼女の行動からも伺える。泣きながら男にすがる姿は、まさしく女性のようであるし、ダンに襲いかかるその雄々しき姿はまさしく男性的である。その不安定性も名前と行動から垣間見える。しかし、ベスはどうだろうか。ベスという名前は、恐らくElizabethに由来しているのだろう。かの有名な英国の女王である。まさしく女性的な名前であるといえよう。ベスの映るシーンでは、ダンの帰りを笑顔で迎え入れる、良き妻としての描かれ方が主である。

 映像とカメラワークにも注目したい。ベスが映るシーンでは、穏やかな色彩と、静的なカメラの動きが象徴的である。しかし、アレックスが映るシーンは、白を基調とした色彩が印象的である。白とは、何色にでも染まることができる色と言って良いのか判断が難しい色である。その色合いからも、彼女の地に足を付けず、不安定なキャラクタリスティックが表れているといえる。また、彼女はしばしば、黒の服に身を包む。白と相反する黒を着用するというところからもアレックスの不安定が描かれている。カメラワークも象徴的で、ベスと比べて、動的なカメラワークといえる。

 このように、アレックスとベスは対比的な描かれ方をしている。アレックスが、狂騒、ベスが、平穏。危険と安全。非日常と日常。家庭外と家庭内。彼女らは決して交わることのない存在であるのだ。

 

Ⅲ ギャラガー家にアレックスがもたらした影響

 ベスがアレックスを射殺し、すべての決着がついた後に、妙に作為的なカットが入る。カメラが家族写真にズームする中で、その家族写真の横には鍵が映り込んでいるのだ。結論から言うと、私はこの鍵は、アレックスが家族写真に写っているような以前のギャラガー家に鍵を掛けた、ということを示唆していると考える。

 冒頭のシーンでは、ダンは平和な日常を送っている。その平和な日常を、当然であると思い込み、彼はそれの有難みを感じていない。冒頭のダンの家庭の中での、素っ気ない態度からもそれは見て取れる。しかし、アレックスが表れ、その毒牙が家庭に及び始めた時からダンは、自身の過程の重要性に気付く。演劇の練習をしていたエレンを見て、感傷に浸った顔を見せ、エレンを抱きしめる。このカットからも、ダンの家庭に対する価値の再認識が見受けられた。つまりは、アレックスは、家庭の重要性に気づかせてくれたのだ。

 またアレックスは、エレンと遊園地に出掛ける。エレンが行きたいと思う場所へ、アレックスは連れ出したのだ。ベスは、エレンを、エレンが行きたい場所へ連れていっていない。ベスの用事の連れとして、エレンを連れていくのだ。代表的なのは、引っ越し先の下見であろう。しかし、アレックスは、エレンを、エレンが行きたい場所へと誘う。彼女のこの行動は、母親とはこういうものであるとベスに訴えているようにも見えるし、ベスの母親性を強奪しているかのようにも見える。

 上記のことから、アレックスはギャラガー家の絆に固く鍵をしてくれた存在であるように感じる。一家の危機に象徴されるアレックスは、一家の絆を確固たるものにし、この世を去っていく。風呂に沈む彼女の顔は、絵画のようであり、神秘的であったであろう。彼女はギャラガー家のある種救世主であるとも捉えられる(多少なりとも荒療治であるという印象が強いが)。

 

Ⅳ おわりに

 アレックスという存在は、ギャラガー家にとって、その絆を深めるために、なくてはならない存在である。ギャラガー家の絆を深めることを目的として遣わされた神の使いのような印象も受ける。彼女もまた一人の犠牲者であるのだろう。しかし彼女に向けて、世の中の男性が放った言葉「kill the bitch」。男性優位なこの世界の風潮が、変化するまでには、まだまだな年月が必要である。

 

危険な情事 (字幕版)

危険な情事 (字幕版)